2009年11月07日
福島に行ってきました。 その2 (ごんべー)

研修2日目
有機農産物が販売されている
お店がオープンする時間までの
時間つぶしと言う事で
会津若松市にある鶴ヶ城にやってきました。
大河ドラマ「天地人」の主人公
直江兼続もここに3年いたので
白虎隊よりも兼続の展示がメインになっていました。
このお城は復元されたものですが
お城やその敷地を見ると
かなりの規模なので
当時の栄華が偲ばれました。
鶴ヶ城をあとにして
市内にあるコープさんのへやってきました。
このお店の一角で有機野菜が販売されていて
生産者の顔写真などが貼られていて
たまにお客さんが寄って行くのでした。
値段的には安いものから
1.5倍位のものまでで
農薬を使っていない割には
綺麗な物ばかりでした。
今気づいたのですが
買ってきて食べてみればよかったと
思いました。
棚の隅っこには
生ゴミをたい肥にした製品の紹介がされていて
環境やさしい農業のアピールがなされていました。
ここでの研修を終えて
会津まで来たら
喜多方ラーメンを食べて帰りましょうと
言う事でナビの設定をしようと
駐車場で話をしていたら
地元のお父さんが
「あべ食堂」がお勧めだねと教えてくれたので
来てみれば
やっぱり人気のお店には
行列ができていて
けっこうな待ち時間になると聞いたので
並ぶのはここはやめにして
「喜多屋」という行列の無いお店があったので
入ってみました。
注文したのは
ラーメン大盛りでしたが
この通りチャーシューもたっぷりで
煮干し出汁のきいた
ややこってり風のスープで
行列のお店でなくても十分に美味しく
頂いてきました。
帰りに、ここのラーメン館で
地酒の小原酒造さんの
クラシックを聴かせて醸した純米酒を買ってきました。
やさいい柔らかいお酒でした。
楽しい研修会が終わり
後は、ひと冬
じっくり酒造り励みます。
2009年11月06日
福島へ行ってきました。その1 (ごんべー)

ここ数年の恒例になりつつある
集落の研修で
福島県農業総合センターにやってきました。
快晴で絶好の研修会日和のなか
高速道路をひとっ走り
本宮インターを降りて5分ほどで着きました。
見ての通りのモダンな建物で
平成18年に県の農業機関を
ここに集結させるさせるために建てられてのだそうです。
公園のように散策路も整備されていて
そこにある温室を覗くと
ここで研究されている展示があり
気軽に楽しめる空間も用意されていました。
研究棟の中は
吹き抜けになっていて
この奥の方に各研究室があり
このお天気なので
技師さん達は外へ出払っていて
誰もいないのでした。
この正面に見えるエレベーターを昇ると
ここの施設を見渡せる
展望室があって
約56haもある場内を一望できるようになっています。
この時期の実験圃場には見るものが無いので
ここで説明を受けて
次のコースへ移りました。
こちらは研修棟で
一般に開放されているという事で
大ホールでは何やらパソコンとにらめっこ
している方々いらっしゃって
その隣には図書室があり
専門書や研究データーなどが
ズラリと並べられていました。
ここのセンターでは
場内視察のほかに
こうした講義もやってくれるので
有機農業(無農薬無化学肥料栽培)について
有機農業推進室の室長さんから
お話を頂きました。
福島県は
日本でも珍しい取り組みとして
県のほうで日本農林規格の乗っ取った
有機農業の認定機関となっていて
ここでもその研究がなされているので
我々はそこいら辺を
こうして勉強してきたのです。
無農薬無化学肥料栽培にはそう簡単には取り組めませんが
これからの作物つくりのヒントを沢山頂いてきました。
2009年11月05日
一粒残らずお酒にします。 (ごんべー)

今日の午前中に
酒米の一袋に満たない品種の
集荷がありました。
30kgに満たないと農協では買いとってくれませんので
酒米研究会という組織があるおかげで
会員の端量を集めて30kgにして
出荷して後で清算金が支払われます。
「あきたこまち」だと
半端が出たら家で食べるかという事なりますが
酒米ですから、食べるわけにもいかないので
こうして集めてもらうと
大助かりなのです。
なぜか毎年
この端量の袋詰めは
菅原君にお父さんの仕事で
頼まなくても
率先してやってくれています。
この後
会社にお酒を買いに行ったら
加藤さんと菅原君は昨日から蔵入りしていて
米運びとお酒の移動をやっていました。
全員集合となるのは
第3週からとなりそうです。
最近困ったことがありまして
このブログに載せる写真をアップロードする時に
ファイル参照をクリックすると
セキュリティーが働いて開きもしないし
閉じる事もできないで
フリーズしたような状態になってしまいます。
先週まではそんなことがなかったのですが
セキュリティーソフトのせいでしょうか
分かる方がいたら教えてください。
そんな訳で
写真のアップロードの時だけ
セキュリティーを外しやっています。
この不便だこと!
2009年11月04日
種苗交換会へ行ってきました。 (ごんべー)

ここは
旧秋田空港跡地です。
自宅の方はそれほどの
お天気の崩れは無かったのですが
こちらは
怪しい雲が湧きあがってきていて
傘を持っての見物となりました。
種苗交換会を見るとなると
一日は必要なのですが
一仕事して用を足してからの時間なので
農機具だけの展示を見てきました。
「きき酒師ミキ」さんのブログい書いていましたが
先日発売された国内最大級の7条刈り120馬力のコンバインには
皆さん興味があるようで近寄って見ていました。
この機械だと最速作業で10aが6分で済むようなので
一日に3ha位は稲刈りが出来るのではないでしょうか?
お値段は1600万円位で
6年でローンを組むと利子を入れて
年に300万円位の支払いとなりますので
30ha位を稲刈りする経営なら間に合いそうですね。
農業機械は高価なの物ばかりなので
丁寧に使って
計画的に更新していかないと
資金繰りも大変ですし
忙しい時に限って大きな故障が起きるので
そんな事への備えの意味でも
ごんベー的には
古い機械をいつまでの使っているよりは
資金面からも計画的な利用が必要と考えています。
キャッシュで何でも買える経営ならば
何も問題は無いのですが
補助金に頼っているような状態ですから
経営的にも弱いのです。
機械を一通り見ましたが
何処のメーカーも
今の売れ筋商品である
大型か小型の機械しか展示していませんでした。
ごんべーは3年後位に
トラクタの更新を考えていて
お目当ての機械のが2.3台ありましたが
どれにするかは3年後のお楽しみとしたいと思います。
その機械を買えば、ごんべーが現役のうちは
トラクタの更新は無しで済ませる予定です。
2009年11月03日
雪 (ごんべー)

静かな夜明けだったので
もしかして
降っているのかなの
障子を開けてみると
やっぱり雪が降っていました。
屋根や庭木には雪が積もってい居て
今晩は雪見酒かなと
起きぬけから
晩酌の事を考えていました。
アメダスの画面を見ると
雪雲が次から次へとやってきて
止む見込みがありませんでしたが
今日から大豆の荷受けが日割り出荷から
フリーになったので
幌を軽トラックの荷台にセットして
大豆センターへ向かいました。
晴れていれば
大豆センターの前にパレットが置かれていて
そこに大豆を積んで置いていくのですが
今日は軒先に車を付けての荷受けとなりました。
こんな日に持ってくる生産者は
ごんベーの他に2名しかいなくて
殆ど待たずに荷降ろしが出来て良かったです。
家と大豆センターを10往復
日が暮れる前に運び終えました。
心配した水分ですが
高いもので21%
低いもので14%ということで
屋根の下でも乾燥したようでした。
例年だと水分がもっと高くて
出荷額よりも乾燥調製料の方が高くついて
赤字なのですが
今回は少し残りそうです。
収穫量も昨年と殆ど同じでした。
これで3等が付けばいいのですが
シワが収穫の段階から見えているので
どうなることやら
残る仕事はコンバインの掃除で
掃除を終えて
ここに格納すれば
とりあえず蔵に入れます。
2009年11月02日
ギャラリー鹿島終了しました。 (ごんべー)

ひと夏
我々の目を楽しませてくれた
花壇の片づけを昨日しました。
今年は
植えるのと雨降りのタイミングが良くて
例年になく花の根っこの付きが順調で
そのせいか
長く花を楽しむ事が出来ました。
ここに花壇を設けて3年目
以前は只の荒れ地でしたが
集落の皆で手を掛けて管理するようになり
憩いの空間へと様変わりしました。
昨日の片づけのを前に
「ギャラリー鹿島」も
本年の展示を終了しました。
こうして
軽トラックに杭を積んでみると
とてもギャラリーの後片付けには見えませんよね
稲刈りの後片付けって感じですね。
写真を板から外し
杭小屋に入れました。
虫たちも
冬支度をしているようです。
来年はどんな花を植えましょうか
どんな写真を飾りましょうか
農の季節から
蔵の季節となりました。
秋田市では初雪を観測したとか
今晩はかなり冷え込んできました。
暖かい部屋で
温かいお酒でも飲んで
お休みください。
2009年11月01日
カレンダー作ってます (冬蔵)

木枯らしの音を聞きながら、
「オリジナルカレンダー」つくりをしています。
酒つくりの計画と並行してやっています。

カレンダーは思うような色が出ないし、
酒の計画のほうはなかなか予測がつけにくく、
どちらも頭をひねることばかりで、
はかどりません。
ただどちらにしても決して嫌いな事でないので楽しんでいます。
先日の秋田の鑑評会に、
社長と部長と三人で行ってきました。
秋田酒こまちの市販酒の部で
審査員の先生方の評価が一番高かったとのことで
賞状をいただきました。
し好品であるお酒に優劣をつけることには
いささか疑問がありますが、
うちのボスのにんまりとした顔を見ると
正直よかったと思います。
勝手なものです。
今日の一品は、
嫁さんが農協の集まりで習ってきた
「ラッキョウ漬用の酢を使ったサンマの甘酢煮」です。
タイトルは長いのですが、
作り方はいたって簡単。
漬物用の酢に味醂少々で煮込むだけです。
大好評でした。
サンマが安くておいしい時期です。
塩焼きに飽きたらこれもいいです。
あとは大好物のカブの粕汁です。
カブは一夜漬けにしたものを使うと香りとうまみが出るようです。
油揚げとの相性もぴったしです。
塩味は上品で、味噌を少し入れても味がまろやかです。
今日もごっちぉさんでした。
2009年10月31日
豆刈りクライマックスシリーズ (ごんべー)

今日もいいお天気でした。
この天気も今日までで
明日からは崩れ始めて
雪の予報が出されています。
豆刈りも最終日となりました。
四角と三角の畑が2枚づつと
この超変形の畑を一枚の計5枚の
点在する畑を回るのですが
ここには御覧のように沼のようなものが中にあって
小さくても四角だとそれなりに仕事が捗るものですが
こんな形だと手間が掛って
倍くらいの時間を要します。
作業効率が悪いからと
ほったらかしにしておくと草だらけになり
周囲の田圃の惑にもなりますし
景観を乱すことにもなるので
物が育つ場所であれば
何かしらを植える事にしているのです。
最終地点は
この三角の畑で
排水が取れないため
豆の生育が悪かったのですが
除草剤がうま効いてくれたので
草が殆ど無かったのが幸いでした。
ここから取れた量は15kg
値段にして500円ほどでしょうか
鋤き込んで来年の肥料にしてもそれまでですが
ひと夏手を掛けたものなので
もったいないので刈り取る事にしました。
無事に全部の畑を刈り終える事が出来ました。
今晩はゆっくり晩酌しながら
BS2で永ちゃんの東京ドームのライブを見たいと思います。
先日、BShiで放送になったのですが
その夜に西田さんが見るようにと
携帯に電話をしてくれたのに
マナーモードにしておいたため
その電話に気づかずに見逃してしまったのです。
そんなわけで
今朝も西田さんから「今晩やるよー!」と
電話が来ました。
今日は間違いなく見ます。
2009年10月30日
いたずらな空 (ごんべー)

朝から怪しい雲行きで
ラジオを聴いていても
雷の発生を知らせる
「ザーッ」という雑音が入るので
ホームグランドを刈り終えるまでは
降らないでと願いながら作業を始めました。
お昼を過ぎたあたりから益々怪しくなってきて
ホームをでかして、遠征先の畑に入った辺りから
ポツリポツリと降り始め
一枚だけ何とか刈って今日の作業を止めることにしました。
順調であれば今頃、今年の分の刈り取りが
終わっていたはずなのに
その後、たいして降りもせず
屋根を濡らす程度で止んでしまいました。
これ位濡れた茎を刈り取るのは可能ですが
豆が汚くなるので無理は出来ず
お天気にやられたって感じです。
いったん家に戻り
今日刈り取った分を計量してから
他の畑の様子を見に行ってみたら
雨が降ったのは局地的なもので
隣の隣集落では
埃を立てながら大豆の刈り取りが行われていて
ついていない日でした。
まあ、それほど降らなかったため
明日は、又刈り取りができそうなので
ここまで来れば先が見えるので楽勝気分なのです。
残りは約30アールで5カ所に散らばっているので
妻にお手伝いしてもらい
でかしてしまう予定です。
県北では
竜巻が起きて屋根が飛ばされたとかで
大変なお天気だったようです。
今晩は
お隣の息子さんが
和食のお店を開店する事になり
開店祝いの案内をうけたので
天の戸をお祝いに持って、これから行ってきます。
そのお酒を昨日買いに行ったら
猛さんが精米所の修理をしていて
今年は何時から蔵入りかなと話をしてきたら
杜氏がら連絡が入り
「13日に初洗米の計画を立てたので
甑の準備をよろしく」と言われました。
農作業は遅れ遅れなので
お天気とにらめっこで
準備に当たる予定です。
またまた忙しくなってきました。
2009年10月29日
豆にマメに (ごんべー)

今日の予定の2枚を刈り終えるには
5時間ほどの時間が必要で
日没までの時間から逆算すると
11時頃から作業を開始すれば足りるということで
茎に付いた朝露が乾いたのを確認して
予定通りに作業を始めました。
晩秋と言うよりは
初冬を思わせるような
太陽の光に包まれて
心地よく仕事か出来ました。
お昼休みは食べて歯磨きしただけで
休む暇もなく
コンバインのタンクが一杯になると
袋に移しては運んで降ろして
畑と家を16往復して
全て予定通りに刈り終えました。
日が暮れてからは
これらの袋を全部計量して
30kgにしました。
昨日の分と合わせて
約200個あります。
これだけあっても
大した売り上げにはなりませんが
とらない事には話にならないので
とるしかないのです。
さて
明日は雨が降る予報ですが
その降り始めが
遅ければ何とか
ホームグランドの分を刈り終えることができます。
3時間あればいいのですが
果たしてどうなる事やら
明日は私の風が吹くでしょうか?
2009年10月28日
大豆を刈ってみました。 (ごんべー)

午前中は、いいお天気だったのですが
午後は、この通りです。
今日は、刈るつもりが無かったのですが
土地改良工事に入った場所に
大豆を作付しているところがあって
業者さんからいつ刈るのかと催促されたので
仕方なく刈る事になり
いざ刈ってみると
少し草がありましたが
この通り綺麗な大豆が機械から出て来たので
ここでこれ位なら他も大丈だろうということで
ホームグラウンドに機械を持ってきて
刈り取ってみたところ
水分のバラつきはあるようですが
豆粒は綺麗だったので
日が暮れるまでに一枚刈り取りをしました。
稲刈りだとタンクで運ぶ仕掛けですが
大豆は袋取りなので
この重さだと父の応援は期待できないため
ワンマンで作業をしました。
袋詰めの時は、この口に袋を当てて
写真中央の赤いボタンを押すと
豆が出てきて
7分目位のところで
再度この赤いボタンを押すと
豆の排出がストップします。
こうした装備があるので
ワンマンでも作業が可能なのです。
今日の水分は、これ位で
まだまだ高いですが
昨日よりは、かなりましになりました。
明日は、もうチョコット下がっているはずです。
明後日以降は、あまりお天気が続かないようなので
明日を仕事のピークに持っていく予定ですが
どれだけ刈れるのか不安です。
2009年10月27日
待つしかありません (ごんべー)

雨は上がりましたが
大豆の茎が乾いていないので
刈り取りはできません。
豆粒もまた水分を吸って柔らかくなっていました。
これは米麦用の水分計ですが
何粒か大豆を畑から持ってきて
水分を測ってみました。
正確ではないにしろ
これに近い水分含量がある事は
間違いありません
週間予報を見ても
お天気は続かず冬型になってくるようです。
どうする事もできないいので
待つしかないのです。
外の片づけもあるのですが
すっきりしない天気だったので
家にこもっていいました。
雨の日の大豆の運搬もあるので
冬の軽トラックの必需品である幌を取り付けました。
荷台のあおりに幌を固定する金具を付ければ
セット完了なのですが
右側のあおりの蝶番部分が錆びて
本体ごと中古のあおりと交換したところ
あおりの上に付いているカバーが厚手のもので
それを削らないと金具が取り付けできないため
サンダーで削りました。
その削りかすを掃除しようと
掃除機をひっぱり出したら
こうして本体に収納してあるはずの
この二つの吸い口が見当たらなくて
作業場を探しても見つからず
ゴミ捨て場に行ってみたら
この二つが転がっていて
先日、このステンレスのゴミタンクの中身を
捨てた時にこれらがそのまま放置されたのでした。
何時もならば中身を捨てるときは
吸い口を外してからやるのですが
忙しくしていると
こんなヘマをするものなのですね。
一回取り付けて見て
すっきりいかないので
また外して、この黒いカバーを削って
取り付けて見たのですが
まだすっきり来なくて

そのすっきりしない原因は
上の写真と比較してもらえれば良くわかりますが
この右側の部分が
幌の骨に当たっているためで
たたいても簡単に曲がらなかったので
サンダーで切れ目を入れてから曲げました。
少し乱暴でしたが
これですっきりと取り付ける事ができました。
単純なようですが
単純であるがために
精度を出すのが難しいのです。
今日は
秋田県平成21年度清酒鑑評会の表彰式で
出品酒部門では見事にかすりもしませんでしたが
秋田酒こまちの市販酒部門で
技術審査優秀賞を頂くことができ
杜氏もホッとした様子でした。
出品酒で賞を頂けるのは何時の日か
挑戦は続きます。
応援よろしくお願いします。
2009年10月26日
カントリージェントルマンへの憧れ (ごんべー)
今日は雨
昨日は集落の集まりで
温泉へいってきました。
もったいないお天気でしたが
恒例の行事なので外す事が出来ず
お世話係を勤めてきました。
せっかく乾いて水分が下がった大豆ですが
この雨で水分が戻ってしまいす。
週間予報があてにならないので
仕事の段取りも狂いっぱなしで
いつ刈り取りが出来るのか見通しが立ちません
まァ、そんなとこころで
先日の旅のつづきを書きます。
娘の学園祭と学内の見物を終え
駅と大学の中間地点に位置する
「林芙美子記念館」にやってきました。
彼女が亡くなるまでの10年位を過ごした家で
純和風の素敵なお宅でした。
ボランティアガイドさんが付いてくれて
説明を聞きながら見て回り
何処かしら見た事のある部屋だと思ったら
森光子の舞台のワンシーンに出てくるのが
この部屋なのでした。
この界隈は
閑静な住宅街で結構立派な御家があって
お約束のように駐車してある車は
全て外車なのでした。
お昼は
駅前の「手打ちそば 又八郎」で
天せいろを頂きました。
こじんまりしたお店で
目の前でご主人が茹でるのを見る事が出来て
その間が何とも良くて
エビスを飲みながら
まったりとした時間を過ごす事が出来ました。
お味はソコソコでしたね。
最初の予定では
娘の携帯が調子が悪いので
それを買いに出かける予定でしたが
冬休みまで我慢するというので
帰る時間までに随分時間があったので
鶴川まで足をのばし
旧白洲邸の「武相荘」へ行ってきました。
あの白洲次郎の住んでいた家なのです。
今はベッドタウン化してしまって
辺りは住宅ばっかりですが
昔は田畑のある丘陵地帯で
ここで次郎は土を耕しながら
日本を見ていたのだなと感じてきました。
寄らず頼らずに生きた男の空気も感じてきました。
行きは駅からタクシーで行ったのですが
帰りは歩き駅へ向かったところ
曲がる道を一本間違えて
かなりの遠回りをしてしまいました。
まあこれも旅の思い出といして記憶に残る事でしょう。
帰りの新幹線は
入学式の時と同じで
一人で帰ってきました。
冒頭に書きましたように
集落の行事のため
せっかく東京に行っても日帰りなのです。
帰りの時間は
先日、高橋邦弘さんにサインしてもらった
「そば屋 翁 僕は生涯そば打ちでいたい」を
じっくり読みました。
高橋さんのそば職人としての半生が分かり
あらためてあのそばの美味しさを感じることができました。
2009年10月25日
27年前の「物々交換」 (冬蔵)

「荒れるごど。鳥海山さ雪が降らねばおさまらねべの」
おふくろ様の言葉通り、
晴れて見る鳥海山がだいぶ白い。
ここ二三日荒れ空も小休止。
先日「角間川の叔母」のうちにコメを届けながら立ち寄る。
庭のもみじがきれいで、一面の苔も雨上がりでつややか。
叔母は1999年伯父(天の戸の美稲のラベルを書いてくれた新田掬水)が亡くなってから一人暮らし。とはいうものの、秋田と東京のふたりの娘さん夫婦のところにお手伝いに行ったり、公民館の朗読会や、中学校のお茶会、ビーチバレーなんかもやって忙しくしている。冬蔵にとって貴重な相談相手だ。
山形の学校に行っている孫のM君から届いたお菓子があるからとお茶を誘われる。
居間にはちょっと大きめのソファー。
その上に80号の油絵がある。
横目で見る。
ちょっと照れる。
冬蔵20歳のとき描いた油絵である。
鶴岡の「柳橋アパート」。
どこか艶っぽい名前とは無関係の住人達。
木造二階建て。
玄関に入るとすぐ右手にすこぶるくさい共同トイレ。
風呂あるはずない。
部屋代六千円。ぜいたくは言えない。
小さなコンクリートの流し。
ビールのケースを並べて作った「簡易べット」。
絵の具と溶き油の香り。
もちろんモデルなどいるはずもなく、
遊びに来るS君には「頼む、右手見せて。つぎは左」とか、
剣道部のN君には「足、こういう風に曲げて」とか。
この絵はいろんな人の「部分」で構成。
誰が考えてもちょっと無理あり。
認めます。
やはり手足がごつすぎる。
「海浜隣接少女。体育会系手足」だ。
この絵を伯父のうちに持っていったのは27年前。
ある意味で「物々交換」だ。
ことの発端は、わたしたち夫婦の結婚が近づいてきた夏の日、
伯父が結婚祝いを持ってきてくれた。
柿本人麻呂の歌を書いたもの。
立派な表具、しかも額入り。
ただ、浅学の冬蔵は読めるはずもなく、
「ありがとうございます。・・・・・ところで、これは何と書いてあるんですか?」
いってしまった。正直に聞きいた。
伯父は少し間をおいて、
「そういうこともあるんじゃないかと、額の裏に"釈文"の紙つけておいた。
まっ、カンニングペーパーってとこ」
今もわが家の玄関にかけてある書がこれ。
ぼろ屋の品格向上委員会だ。
泊父が来てくれた日、
その日は冬蔵だけが家にいた。
誰もいないことを言うと、
伯父は「お茶なんて面倒くさいことはいいから・・・・」
気遣ってくれる。
お茶なし、酒なしでいろんな話をした。
「あなたぐらいのとき、この世の一大事と思っていたことがこの年になると、なんでそんなこと真剣に考えていたんだろうと思うことさえある」
「政治的に動かなければいけない時もある。
動くなら若い時から、教え子を見ててそう思う。
でもまったく政治とかかわりなく生きられたら、
それはそれでもっとすごいこと」
「頼ると頼られること。字面は単なる反対の意味。
でもそれは違う。それは次元の違うこと。
とくに頼られるってことは生半可じゃない。自分に厳しいってこと。
そんな人にしかだれも頼らない」
そして、結婚を目前にした冬蔵に対する「掬水的女性論」。
これが一番面白かった。
「世にいう理想の相手。そんな人と結婚したら毎日崇めたてまつって正座してなきゃいけない。毎日が日常だからね。」
ハナったらしの冬蔵にしてみれば、挨拶以外に伯父と「腹を割って」話することができたのは初めてのことだったと思う。
嬉しかったし、楽しかった。
伯父が帰り際に、
「ふと思ったんだけど・・・・。描いたもの、これから描くものでもいいから一枚頼む。油絵。
・・・・・居間に何か飾りたいとね。ずっと前から探してた。
ずっと迷っていてたけれど、
あなたの絵を飾りたい。
言って見ればてのいい物々交換ってことだ」
数日後、わたしは「掬水的女性論」の続きを聞くため、軽トラックにこの絵を積んで出かけた。ゆっくりと話を聞いた。
叔母の家に行くたび・・・・。
この絵を見るたび・・・・。
伯父の話してくれたことを思い出す。
そしてもうひとつ、二十歳の自分は
どんな気持ちでこの絵を描いていたんだろう、と思いを巡らす。
伯父は亡くなる間際に「白雲悠々」という言葉を残してくれた。
大事にしたい。 (2007.2.25関連記事)
2009年10月24日
日帰りの旅 (ごんべー)

長女の学園祭を見に
朝一の新幹線に乗り山手線
西武新宿線と乗りつぎやってきました。
キャンパスの中に入ると森の中にあるような
そんなレイアウトになっていますが
建物は狭い土地を有効に使って
校舎には地下まであって
エレベーター付きのビルになっているのでた。
目指す一号館の3階には
長女達の作ったお菓子の売店があり
中に入ると、安い美味しいを知っている
身内から、ご近所さんなどの人で
混み合っていて皆さんお目当てのお菓子を
めいっぱい買い込んでしました。
二階では先輩たちの作った
焼きたてのパンが味わえて
小腹の空いたところで
メロンパンとアップルキャラメルクリームパンを
頂きました。
ここでも行列が出来ていて
我々のように
娘さんの姿を見に来た
親御さんもいました。
グラウンドには100軒の模擬店がズラリ
写真を撮り忘れましたが
味噌たんぽ(きりたんぽ)も売っていました。
学内外には
様々な木々が植えてあり
センスのいい空間を醸し出しているのでした。
この界隈には
赤塚不二夫さんが住んでいた事もあり
こんな展示もありました。
半年前までは東京に来ると
長女を連れて歩く立場でしたが
今は、連れて歩かれる立場になってしまいました。
「これでいいのだ!」
そんな午後の様子は来週お伝えします。
